日本の歴史探求旅 ~滋賀&福井.etc~(第3回)
まいどおおきに。カメさんです。 ⇒前回はコチラ。
滋賀県を電車で通過したことは多々あるけれど、観光した記憶があんまりない…。今回の旅では滋賀県の気になるスポットをピックアップしていきます。
彦根からは東海道線で移動。やってきたのはJR西日本でお馴染みの225系電車。最高速度130km/hの新快速用として活躍中。次の途中下車は安土駅。天下統一を目指していた織田信長の拠点として建設された安土城があった場所ですね。
ここには安土城の内外を再現した1/20ミニチュア模型が展示されています。城から信長公がこちらを見下ろしている。
安土山の上に建てられた安土城。当時の安土山は琵琶湖に面しており、水運を活用することで湖南、湖西、湖北への物流に大きなメリットがありました。
閉館時間前に無事辿り着いた『安土城天守 信長の館』。早速中へ。
駅からやや離れた場所に安土城を実寸再現した施設があると聞きました。閉館時間が近いとのことで、駅前からタクシーで急行することに。しかし近江のタクシーは結構スピード出すなぁ。大阪とか京都に近いから運転荒い?(偏見かなぁ)
信長はなぜこれほどまで豪華な城を安土に建てたのか?それは天下統一を成し遂げる上で、周りの大名や公家に対して安土城の偉容を見せつけることで自らが天下人であると誇示しようとしたからだと考えられています。
この時代に食べられていたのは主に野菜と魚が中心。魚であればアユ、コイ、タイ、カツオ、サケ、カレイ、マス、スズキ、フナ、ハモなどが食されています。
肉はイノシシ、シカ、キジ、カモ、ガンなどの野生動物(ジビエ)が中心。この頃は牛や馬を食べる習慣はまだなく、豚は島津家が琉球(沖縄)から持ち帰り食べ始めたばかり。貴重なタンパク源として扱われていました。
この時代の調味料は塩、味噌、酢などが使われていました。酢は魚の臭みを消したり、毒消し用途として使用されたようです。
最後はヨーロッパの宣教師が描いたと伝わる織田信長の肖像画の写真。
織田信長の次男・織田信雄が祖先の天童織田藩(山形県天童市)にて発見され、明治以前に製作されたものであることが分かっており、現在最も信長本人に近いと言われています。
夕食は隣駅の近江八幡駅前の居酒屋にて。A5ランク近江牛(おうみうし)ステーキを堪能します。わさび醤油が良く合います。
店内の話し声を聞いていると独特な方言が気になってくる。大阪京都神戸ともやっぱ違うかな。
~方言の比較一覧~
大阪(明るく勢いがある)
⇒『せやな』『ほんまやな』『何してんの?』『~やで』『~やんけ』
京都(柔らかく上品な感じ)
⇒『せやな』『ほんまやな』『そうどすなぁ』『何してはるの?』『~どすえ』『~してはる』
神戸(都会的であっさり)
⇒『せやな』『そうやな』『何しとん?』『~とう』
近江(素朴で独特)
⇒『せやなぁ』『ほんまやなぁ』『何してるん?』『~やんす』『~やでぇ』
狭い路地のこんな所にも飛び出し坊やがいる!
今夜の宿は大浴場付きの琵琶湖沿いのホテル。湖の対岸に面したマンション群のライトアップが眩しい。京都や大阪に比較的近いこともあって、大津はベッドタウンとしての人気が高いです。
滋賀は埼玉に似てる? ⇒いや似ていないでしょ!だって埼玉にこんな巨大な湖はない。何もないのが埼玉の魅力なのだから。でも滋賀は自然豊かで中々魅力的な場所だと思いますよ。第4回に続きます。






























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