日本の歴史探求旅 ~滋賀&福井.etc~(第1回)
おはようございます。カメさんです。
2026年度上半期は日本史を振り返る旅の記録をお届けします。今回のメインは滋賀と福井。ちょうど大河ドラマ『豊臣兄弟』も放送中。ゆかりの地が出てくるかも。
通常運賃より2000~3000円程度お得で、1ドリンク付き。
こだま限定なので各駅停車ですが、それでも名古屋まで約2時間半で移動できます。在来線を乗り継いだり高速バスを利用するのと比べれば時間短縮になる。そして新幹線なので揺れも少なく快適です。
2025/11/26(初日) 東京~名古屋~関ケ原
最初からいきなり天下分け目のクライマックス。ということで散策開始。
遠くに見える「岐阜関ヶ原古戦場記念館」。2020年に開館されたばかりの綺麗な建物で岐阜県の本気度が伝わります。関ヶ原の戦いに関する史料が常設展示されています。
グラウンド・ビジョンを始めとした映像資料も充実(撮影禁止のものも多かったですが)。
戦国体験コーナーでは、戦場で使用されていた日本刀(脇差)や大筒(大鉄砲)に触れることもできます。
最上階の展望室からは関ヶ原を360°一望できます。当時の戦国武将達の布陣の様子が分かります。
徳川方も、徳川秀忠、本多正純、榊原康政ら主力の一角が関ヶ原に遅参するなど、決して万全な体制ではありませんでした。
それでも関ヶ原の戦いで勝利できたのは戦前の準備力の差。豊臣方で冷遇されていた武将達を巧みに懐柔して味方へと多数引き入れ有利に導きました。過去の大敗から学んでいた家康。戦が始まる前から既に勝敗は決していたのかもしれません。
関ヶ原を歩いて散策。序盤は優勢だったものの、武将の寝返りにより陣形が崩れ不利になった西軍。左奥の笹尾山に陣取っていた石田三成の部隊と最後の決戦が繰り広げられました。
関ヶ原の戦いで伝説として語り継がれる「島津の退き口」。西軍の敗北が決定的となった後、突如島津義弘の部隊が東軍に向けて突撃し敵中突破を敢行。
井伊直政や松平忠吉ら追撃隊を負傷させつつ伊勢方面への逃走に見事成功。島津の力を見せつける形となりました。関ヶ原の戦いの後、島津藩の領土はそのまま安堵され、その後の江戸時代において徳川家と島津家の結びつきは強化されました。昨日の敵は今日の友。
やってきた電車に乗りさらに西へ。次は滋賀県が舞台。第2回に続きます。
































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