日本の歴史探求旅 ~滋賀&福井.etc~(第5回)

おはようございます。カメさんです。 ⇒前回はコチラ

湖西線に乗るのも何だかんだで20年以上ぶりです。1970年代に開通した湖西線は京都~北陸を琵琶湖西岸の最短ルートで結ぶ高規格路線。普通&快速列車の他にも、特急サンダーバードや貨物列車が多数運行されています。

2025/11/27(2日目) 比叡山坂本~敦賀 北近江ドライブ前編

20年以上前にはまだ存在しなかった敦賀行の新快速。元々北陸本線は交流電化でしたが、2006年に長浜・永原~敦賀までの区間が直流電化に切り替わった際に設定されました。

直流電化前は、交直流切替に対応した特急車両を魔改造した列車が走っていました。この独特のフォルムの列車を初めて見た時はインパクトあったなあ。

湖西線は全線立体交差で踏切のない路線。おかげで車窓からは琵琶湖がよく見えます。弱点は山側からの強風(比良おろし)の影響を受けやすく、徐行運転や運転見合わせが多いことですね。

近江今津を過ぎると四方に山が迫ってきます。近江塩津で北陸本線と合流後、深坂峠をトンネルで通り抜けると福井県に入ります。

新快速の終着駅である敦賀駅に到着しました。北陸新幹線が開通して立派な駅舎になってますね。



ここで予約していたレンタカーに乗り換え。これから2日間、MAZDA2がカメさんの愛車になります。



まずは日本海の海の幸を堪能しましょう。敦賀市内にある「日本海さかな街」にてランチタイム。

注文したのは炙り海鮮丼DXとかに汁。日本海の海の幸、そして越前がに、ここは食べておかなきゃ。


ランチを終えた後に車で向かったのは滋賀県長浜市。かつて北近江一帯を支配していた浅井長政ゆかりの地。
浅井長政は織田信長と同盟関係にありましたが、織田信長が越前朝倉氏攻めを強行した際、朝倉氏と元々主従関係にあった浅井長政は織田との同盟を破棄して反旗を翻しました。


川の両岸に陣取り浅井&朝倉連合軍と織田&徳川連合軍が激突した姉川古戦場。両軍合わせて多くの死傷者を出し、河原は血で染まったと伝わります。

戦死者の慰霊碑の前で手を合わせます。

朝倉軍の武将・真柄直隆が姉川の合戦で振るったという大太刀(画像の看板上)の刃渡りは160cm。佐々木小次郎の物干し竿より長いな。

姉川の戦いは織田&徳川連合軍の勝利で終わります。この戦いで弱体化した浅井&朝倉氏は室町幕府将軍・足利義昭の呼び掛けによる信長包囲網に加わって反攻に出ますが、最終的には滅亡を迎えることになります。第6回に続きます。


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